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麗水万博訪問記 

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 #2 2日目(7月21日)

 10、鎮南館

 (1)「鎮南館」概説

 今回の麗水旧市街散策におけるもうひとつの目的地が、行きにちらっと見かけた「鎮南館」。韓国に現存する最大の1階木造建築物とされていて、国宝に指定されているようです。観光サイトに簡単な解説があったので、引用。

 朝鮮時代に400年間、朝鮮水軍の本拠地だった全羅南道の麗水に唯一残る全羅左水営城の建物。
 
 最初は壬辰倭乱(文禄・慶長の役)の時、当時の水軍の名将として有名な李舜臣が指揮所として使用した「鎮海楼」のあったこの場所に、壬辰倭乱の翌年の1599年、全羅左水営の客舎(宿)を建てたが、この建物は1716年の大火災で焼失。

 その後1718年に再建されたものが現在残っている建物の骨組みで、韓国では最も大きな1階建ての木造建築となっています。横幅54.5m、縦幅14m、面積は240坪あり、68本の太い柱で大きな瓦屋根を支えています。 

 「全羅左水営城」の古地図が表示されていたので、ここで紹介。城壁で囲まれた主郭部分を拡大したの右、そしえ左の赤丸で囲んだ部分が「鎮南館」です。構造が解りやすい模型が、この「鎮南館」隣の別館に展示されているそうですが(知らなかった)、こちら(写真、上段中)にアップされているので、ご参考まで


  案内図は次のよう。丘の上の「鎮南館」、そして「鎮南館」に向かう一本道に楼と門が設けられています。


  では、これより「鎮南館」へと向かいます。

 (2)「鎮南館」見学

 最初の建造物が「望海楼」。文字通り、ここから海を監視していたのでしょう。日本で言うと、「潮見櫓」という感じでしょうか。写真下段左は、上から眺めたものです。反った屋根は韓国風ですね。日本の城門よりは、寺院の門に近いような構造ですね。植民地時代に撤去されたものを、1991年に現在地に移転・改築したとのこと。


 第二の建造物が「統制門」。階段を登りきった最上部、鎮南館と同じ高さに設けられています。最上部は塀で囲まれています。


 石垣は、日本の城郭からみると新しい積み方ですね。土塀に大きな石が埋め込んであるのは、日本では見たことのない形式。塀も低く、防御に持ちるというよりも、柵として設けられているようですね。石垣の写真をアップ。


 そしていよいよ鎮南館へ。第一印象は、とにかくでかい。そして楼や門と同様、極彩色の装飾が素晴らしいですね。日本では、東照宮でしか見たことのないような彩色。


 宿舎として建造されたといいますが、中がガランとした、日本では見かけないような不思議な構造ですね。築300年で、屋根もかなり歪んでいますし、つっかい棒も見られます。大切に保存してもらいたいものですね。
 
 靴を脱いで内部にも上がれるようになっています。本当に広いですね。横幅が50mですから、25mプールの倍ですね(へんな比較ですが)。内部も極彩色で美しいです。

 
 井戸と小さな建造物。


 自分の写真がほとんどないので、一枚、撮影していただきました。

 
 最上部からの展望、まずは「望海楼」の上から。前方には入り江が見えますね、麗水に入る船を監視するには絶好のポイントですね。


 視点をもう少し右に移動した位置からの展望。右方向(西)は今しがた、歩いてきたエリアですね。

 
 
 これにて、麗水旧市街の散策も終了、前のバス停から万博会場行きのバスに乗り、会場へと戻ることにしました(16:00)。2時間余りの散策でしたが、万博会場だけでなく、韓国の地方都市の表情や歴史的建造物、そして現地の人たちに触れることができた、想い出に残る散策となりました。

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