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大阪・万博公園訪問記 

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#1 万博公園再訪 07/10/14

  阪の万博公園でマニアエキスポをやっているので、一緒に見に行きませんか」と、万博サイトで知り合ったGさんをお誘いし、14日の早朝、名古屋駅から大阪行きのバスに乗り込みました。いまから37年前、1970年の春と同じように、同じ場所へ向かうことになりました。

 9歳のとき、6回訪れた大阪万博会場。
 10代には、高校の遠足でエキスポランドへ。
 20代・30代には、民族学ファンとして、万博公園内の国立民族学博物館へ。
 そして、40代のいま、万博ファンとして再びあの懐かしい場所へ行くことになろうとは想像さえしていませんでした。

 会場跡地見学やイベントなど、「万博」が目的の訪問は、閉幕37年後の今回が初めてとなります。「太陽の塔」に再会したいと強く思うようになったきっかけは、愛知万博閉幕直前に、モリゾーキッコロメッセで開催された特別展「タイムスリップ大阪万博」。あれから2年、愛知万博跡地や、移転した万博関連施設の訪問で手一杯の状態、なかなか大阪まで行けずにいましたが、今回、やっと念願の万博公園再訪となりました。

 名神高速道路でひたすら西へ。バスの車窓から外を眺めながら、37年前の幼かった自分もこうして同じ風景を眺めていたんだなと、なんだかセンチに。あの時の大阪万博の感動があったからこそ、今回の愛知万博がより楽しめたし、愛知万博で再び感動したからこそ、大阪万博に対する感動がよみがえったんだと思っています。2つの万博の相乗効果ってことでしょうか。

 今回お誘いしたGさん。大阪万博は10回(でしたっけ?)、愛知万博は50回、しかも両万博とも開幕・閉幕日に訪問したという、私の上を行く万博マニア。さらに、大阪万博時は、高校生で、私よりも記憶は確か。そんなGさんに会期中のことを教えていただいたり、会期中と現在の様子の変化をああでもないこうでもないとお話したりと、楽しい旅になりました。

 それでは、懐かしいあの場所に行ってみることにしましょう。

 (1)中央イベント広場

 最初に降り立った場所が、中国自動車道の南側にある「中央イベント広場」。

 まずは「総合案内所」(写真左上)に、”紙資料”の収集へ。「万博公園だより」をはじめ、「万博オールパスポート・申し込み書」「万博おゆば」「パークゴルフ万博公園」などなど、「万博」を関した施設・イベントなどのチラシがいっぱい。「万博」とあるだけで、ついついうれしくなってしまうのは、愛知万博以降の傾向か。もちろん、すべてゲット。

 次は、売店。「太陽の塔」の置物、絵葉書、バッジなどをついつい購入。その他、Tシャツやお菓子に至るまで、「太陽の塔」のイラスト付きです(こちら参照)。

 広場を見渡すと、「万国博記念公園」の文字がある石碑(写真右上)、そしてモニュメント(写真下)にも目が行ってしまいます。大阪万博のシンボルマークは、閉幕後も「日本万国博記念機構」のシンボルマークとして使用されています。このシンボルマーク、とても懐かしいです。

 そういえば、愛・地球博記念公園のシンボルマークがありませんね。こちらは博覧会協会が解散してしまい、愛知万博のシンボルマークが使用されていません。そういった意味でも、大阪万博と比較して寂しいものがありますね。

総合案内所 石碑
モニュメント


 広場の南が「エキスポランド」。会期中、父親と乗った「ダイダラザウルス」、長時間並んだことはよく覚えています。高校の遠足でも一度乗りましたが、次の機会には「エキスポランド」も散策していみたいものです。

 最近、こちらで大変不幸な事故がありました。そういったニュースで「エキスポランド」の名前が出るのも、なんだか悲しいものです。

エキスポランド・入り口


 (2)中央口

 中国自動車道・北側のエリアは、「自然文化園」「日本庭園」、およびその間に位置する「文化施設」に区分されています。今日訪れたのは、万博公園の中核である「自然文化園」。

 ゲートをくぐり、モノレールの高架を越えると中央橋の向こうに「太陽の塔」が見えてきました(写真左下)。はやる気持ちを抑えながら、まずは中央口で入場券を購入。ちなみに、文化園&庭園の入場込みで、大人一人250円となっています。
 
 中央口(写真右下)も総合案内所も、そしてこれから公園内でみることになる建造物も、直線を多用したものが多いことに気がつきました。愛知万博の曲線を多用した建造物と比較すると、その差異が気になって仕方がありませんでした。これも時代の差でしょうか。なお、会期中の建造物と会期後の建造物の違いは一切わかりませんでしたので、確認できる建造物以外は紹介しておくに留めます。

自然文化園・入り口 モノレール高架下
中央橋と「太陽の塔」 中央口


 (3)「太陽の塔」

 中央口の改札をくぐると、正面に「太陽の塔」。この前に立つのは、23年ぶりのこと。その時に撮影したのが、ここの一番下Cの画像。周辺が整備されたのと、背景にある万博美術館が取り壊されたことが、この間の変化でしょうか。

 「太陽の塔」を前に、Gさんと二人、しばらくこの懐かしい光景を眺めたり、記念撮影をしたりと、共に37年前のことを思い出していました。記念撮影をされていく方の多いのは、会期中と変わりませんね〜。

 さて、今回の記念公園訪問の目的のひとつが、定点撮影。会期中に、祖父や父や私が撮影したのと同じ位置から、定点撮影をすべく準備してきました。その第一弾が、ここの@。あれから37年。私の子供たちが、当時の私を遥かに越える年齢になっているのを思うと、37年という時間を痛感します。


「太陽の塔」


 公園内を歩いていてよく目にするのが、お土産店で見たのと同様、「太陽の塔」をマンガ化したイラスト。写真のような遊具も発見しました。愛・地球博記念公園のマスコットがモリコロなら、万博公園のマスコットはこの「太陽の塔」。愛称は何というんでしょうか?

「太陽の塔」を模った遊具

 そして、ついつい目が行くのが建造物。「太陽の塔」からイベントの会場である「鉄鋼館」へ向かう途中に見つけた「中央休憩場」(写真左)。[アイビーエム館]の跡地にあるということは、会期後の建造物ということになります。なんとも、ゴツイですね。

 さらに東へ進むと、そこは[月曜広場]跡地。現在は「上の広場」という名称で運動場として活用されている模様、運動会の真っ最中でした(写真右)。向こう側に「太陽の塔」。ランドマークであり続けるのは。会期中と変わりません。

中央休憩場 「上の広場」と「太陽の塔」

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